威嚇

文章を書く練習

10月1日

 

一昨日、新宿のマルイアネックス館に行った。100円均一のセリアで刺繍糸を買い求めるためである。セリアの横にも自動販売機と椅子が3脚並べられており、ちょっとした休憩スペースになっている。その日は生理1日目で気だるく疲れていた。新宿の人の多さや、普通の雑貨店がガラガラな中テニスの王子様刀剣乱舞などアニメ関連のお店と100円均一にしか人間がいない商業ビルを見て、気持ちも少し塞いでいた。そしてその中の一人でもあることにも、疲れてしまった。

セリアの横には自動販売機があり、その前の椅子に吸い寄せられ、座り込んでしまった。自動販売機は同じ大きさのものが2つ並んでおり、左側は現金のみで右側が電子まで対応だった。

もうここ5年位、自動販売機でものを買う時は、大体携帯電話に内蔵してある交通系ICカードで買ってしまうなぁと思った。

たまには現金で小銭を使って支払ってみようかと思った。私の財布は、薄型を売りにした非常にスリムなもので、その中に使う機会がなく、お釣りでもらっていくばかりで、たまっていく。小銭が少し窮屈そうに詰め込まれていたので減らしたかった。退職に伴い更新したばかりの保険証の角をジッパーで噛んでしまいそうになっていた。

右と左の自動販売機のラインナップを見比べて、選ぶのも疲れた。全身が疲労感に包まれていたので、たまには甘いものを買おう。生理1日目って生きているだけで、歩いているだけで、夏の水泳の授業後のような疲労感が体を包む。本当にやめてほしい。ピルを休薬して普通の生理を来させると仕事にならない体調が基本になる。このような生理を薬でなんとかコントロールして、仕事をガツガツとやっていたあの一生懸命さは何だったんだろう。

りんごジュースにしようと思った。疲れている時、風邪をひいているときは、りんごジュースを飲ませるのが私の母のいつものやり方だった。りんごジュースはどちらの自動販売機にも設置されて値段も同じだった。値段が同じならば小銭が使える方にしようと思い、小銭を入れて買った。小さいサイズだが170円もした。口に含んだらひどく薄かった。表示をよく読むと、果汁は10%しか入っていなくて清涼飲料水だった。りんご風味の清涼飲料水。がっかりして、また体がベトベターみたいに椅子に押し込められた。

 

自動販売機の前に3脚並べられた椅子のうちの1つに座っていて、あと2脚には恋人同士なのだろうか仲睦まじげな男女が座った。女性の方が、男性に「今日はさっきもお茶(私がお金を)出したんだから、自販機でお茶買うのはなしだよ」と話しかけていた。男性は疲れた様子だった。見た目は確認していないが、多分爽やかな2人ではなかった。結局2人は何か買うこともないまま10分ほど椅子で休憩し、男性の方がそろそろ少し元気になってきた気がすると言い立ち去っていった。疲れてしまったのなら、自動販売機で150円位のお茶を買うのも別にいいんじゃないかと思ったが、女性の口調は厳しかった。難しい、こういうときのために水筒をどんな時も持ち歩いていたい。彼女は正しいし、私も元気な時はそうしたい。

 

私はまだ立ち上がれなくて、座り込んでいた。次に高校生位の女の子2人組がやってきた。2人は空間をあけて並んでいた椅子をぴったりと寄せて、頬も寄せて、iPhoneで動画を撮り始めた。楽しそうで元気で、私が新宿で見たいものだった。そもそも元気だろうし、ちょっと座りたかっただけらしく、3分ほどで彼女たちはいなくなった。

 

まだ私は足がぼーっと熱を持ち、全身が気だるく、生理中特有の体のほてりで変な汗をかいていた。次に、全身黒い服の男性が現れた。

クロックスのまがい物のような黒いサンダルを履いて、黒い靴下を履いて、黒いスウェットを履いて、黒い半袖のTシャツを着て、黒いリュックを背負っていた。どれも色あせていた。唯一持っているのが白い長い棒だった。彼はその長い棒を使って、自動販売機の前に胸を床にぴったりとつけ、ライトを片手に持ち、下を覗き込んでいた。白い長い棒には先端に三角形が取り付けられており、小銭や何かが落ちていたときにひっかけやすいように工夫が施されていた。しばらくぎょろぎょろと音が聞こえてきそうなほどしっかりと床と機械の間をさまざまな角度から見て回った後、すっと立ち上がるとエレベーターの方へスタスタと歩いていった。

目の前で、本当に私の足元にしゃがみ込んで、床にぴったりと体を押し付けながら、顔を自動販売機の下に捻じ込まんばかりの勢いで見ている男性と、その白い長い棒に施された工夫とを見て、動悸が激しくなった。

このように工夫をしている姿と、小手先のごまかしでどうにかしていこうとする日本の現状とが重なって、この国がどんどん沈没していく感覚が肌の上に湧き上がってきた。だって、本当に努力するべきところは、落ちている小銭を取りやすくすることではなくて、小銭を取らないでも暮らしていけるようにすることなのに。男性は立ち上がってスタスタ歩いているところだけなら、とてもそのように困窮している人には見えない。清潔感があるわけでもないが、あからさまに不潔な感じにも見えなかった。困窮してる人はそう見え辛く、りんごジュースも、りんご風味の清涼飲料水だった。見た目では分かりづらい生活の希釈がこの国を覆い尽くしていくんだと思った。しんどい。サンドイッチセットでも食べて帰ろうと思っていたが、食欲もなくなった。ハレの日でもないのに外食にお金を使うのも、先程の光景がフラッシュバックしちゃうからやめておこう。すぐに帰った。