威嚇

文章を書く練習

2019年10月のはしりがき

大学の友人10人程度と行ったキャンプの帰り道、友人が選んで寄った温泉が元彼と行ったところだった。「やば〜ここ元彼ときたんだけど(笑)」「まじかよ〜(笑)」なんて笑ったけど、駐車する時ハンドブレーキ掛け忘れそうになった。

 

 

帰宅して一人になったら感情が暴発して、無性に会いたくなった。私が会いたいのは鬱になる前の彼についての記憶から生成された幻で、現実の今の彼は鬱になって退職して広島にいて、家族のサポートで鬱が改善している。広島に帰る前の1ヶ月、ご飯も食べられないとさめざめと泣く彼を私の家へ連れて帰って生活を共にした。皮肉だけど、彼と遠距離になりはじめた最初の半年と、彼が鬱になり田舎に帰るまでの期間が、社会人になってから1番仕事の成績が良かった。何百人といて上から20番目くらい、表彰されたくらい良かった、家には鬱で苦しむ彼がいると思うと仕事をきちんときちんとやっていたんだと思いたい。わからない。何かの開放感があったのかもしれない。あるいは、寂しかったから仕事にのめり込んでいたのかもしれない。多分だけど。今はわからない。自分の都合の良いように過去を改変するから。

 

 

 

彼が鬱になったのは、おそらくは私にも原因があるのだから、だからこんな感情は何も生まない生産性のないもので、会いたいよと泣くのはお門違いなのだ。泣いても何も変わらないよという人はいるけれど、誰だってそんなつもりで泣くんじゃないよねって宇多田ヒカルも言ってる。この感情を抱え切れないだけ。

 

 

 

 

とりあえず少女漫画を読んだ。何かしてないと涙が出るし、全く関係のない行為をしていると逆に頭から離れなくなりそうだったから、近似値みたいな。異なる感情だけどジャンルは同じ感情で満たして、誤魔化してしまえ~と読んだ。

 

 

 

この感情の誤魔化し方はよくやる。例えばヒルナンデスで整理整頓アドバイザーなる人が散らかった部屋を綺麗にきちんと整頓していく様子を見ると、自分も部屋を綺麗にしたような、綺麗にできる能力があるような、そんな錯覚を持てる。お腹が空いて坦々麺が食べたい時に、坦々春雨ヌードルで誤魔化す。少女漫画を読んで、苦難を乗り越えてハッピーハッピーにゴールインな内容をなぞることで脳を騙す。近似値で満たす。

 

現実は何も変わっていなくても自分の脳の騙し方を心得てる。

 

わたしから最後は離れたのに、どうも身勝手。でも、友達にも、あなたにも言わない。この考えはわたしの中で暴れまわって、ここに書いて、それで終わり。他人の意見なんて要らない。